喜劇としての珠洲原発選挙

小山内明志

1993年9月14日
日本列島を左手に見立てると、その親指にあたるのが能登半島になる。 その親指の爪の先が人口約2万4千の町、石川県珠洲(すず)市である。 日本を平らな土地と考えると、珠洲市の沖合い数kmが日本の重心になるという。 この漁村と農村と市街地が同居する市で、4月18日に原発立地の是非を争う市長選挙が行われた。

珠洲市は、輪島牛の原産地であり、蛸島という漁港を持ち、美しい海岸線をドライブすれば、 南隣の内浦町にかけて気軽に入れる温泉が点在する。 その地に1975年、原発を4基建てようという計画がスタートした。 親指の爪の先の先にあたる寺家(じけ)地区に中部電力と北陸電力が出力130万キロワット2基、 親指の爪の腹にあたる高屋地区に関西電力と北陸電力出力が135万キロワット2基を建設しようという案である。

現職の自民党林幹人(はやし みきんど)候補は、その原発候補地を10年前に先買いしていたという人物である。 4年前の市長選挙では、市議会18議席中17議席が自民党という保守王国で圧勝するはずが、 反原発派のまったく無名の農業青年北野候補(現県会議員)に追い上げられ、 勝つには勝ったものの、北野候補と保守派の反原発派候補と合わせた反原発派の総得票に達しなかった。 彼が、かって社長をしていて、現在は弟の林正司氏が社長の「株式会社 林組」は、 主要顧客が石川県と珠洲市であり、1985年には全国的に有名になった事件の主役を演じた。 1985年1月6日、出初め式の式典に出ていた消防団300人が退場中、 一部はまだ階段を下りる途中だったところに、屋根が崩れ落ちた。 幸い、けが人はなかったが、この鉄筋コンクリートの珠洲市総合福祉センターを建設したのが林組である。 翌日、1月7日の朝日新聞全国版によれば、 『吉田達郎珠洲消防分署長は「式の途中で不安は感じたが、まさか崩れ落ちるとは……。 式の開始が遅れていたら、とんでもないことになるところだった」と青ざめていた』そうだ。 私が珠洲という地名を記憶したのも、この事件によるところが大きい。 「雪国で、雪の重みで屋根が潰れたなんて、言い訳にもならん。 そんな会社が原発作るのに係わるなんて...」と未だに珠洲市では語り草になっている。 この事件の責任追求は、未だになされていない。

そんなわけで、林候補は負けるわけにはいかない。

2月7日夜、その珠洲市を能登半島沖地震が襲った。 道路が陥没し神社が倒壊し県道のトンネルが崩れ、18人が負傷した。 電力会社や通産省は、さっそく「建設する場合には、岩盤などの強度を十分調べて、地震対策をとる」、 「岩盤などを点検する必要はあるが、設計で相当な地震には対応できる」として、 引き続き建設計画を推進する意向を表明した。しかし、2月13日の朝日新聞大阪版は、 『「原発銀座」の一角、福井県敦賀市でも震度3(弱震)を記録したが、隣接の美浜町を含め、 運転中の原発は外からの電話で地震を知ったところが多かった。 大地震に備えた自動停止装置はあっても、観測用の地震計がなかったり、 異常が発生したかどうかの点検をしなかったり。備えや対応のばらつきが浮き彫りになった。』と報じた。

3月、 明珠香倶楽部 と称する中間派が「もう対立はたくさんです。 冷静に珠洲市の将来を夜を徹して話合いましょう」と旗揚げする。 「となりのトトロ」上映会と討論を行うという。 反原発派は「 明珠香倶楽部 の趣旨に賛成します」と準備会に参加しようとするが、 明珠香倶楽部 は反原発派には「参加しないでくれ」といいつつ、電力会社の参加は認める。 それではと、反原発派は 明珠香倶楽部 親衛隊を名乗り、 珠洲の将来を考える企画を明珠香倶楽部の前にやってしまう。 「両派の妨害で 明珠香倶楽部 を解散」というビラが出るが、 反原発派は「賛同しただけなのにどうして」というビラを出す。 同じ頃「真宗門徒は死を恐れるな」というビラが出る。 私のような素人には、原発=死というイメージが浮かび反原発的な内容に思えるのだが、 これが原発推進派のビラだという。 原発推進派のビラは、用紙のサイズから内容まで、各地の原発予定地で配られているものと酷似しているという。 さすがに、「真宗門徒は死を恐れるな」だけは珠洲独自のようである。

3月下旬、珠洲市が催した「まちづくり講演会」は石川県と資源エネルギー庁が後援し、 元科学技術庁長官の山東昭子氏が「日本の原子力技術は世界一」と訴える。電力3社の選挙応援は70人くらいの常駐メンバーに、さらに応援が入っているという。

反原発派も、全国の市民運動や地区労から応援が来る。 市民運動から来た人は自発的に動き、地区労から来た人は言われたとおりに動いている。 共産党は独自候補をたてず事実上の支援、社会党は「心情支援」だが、実質的な支援はない。 地元の僧侶・教師・主婦が反原発派の主力だ。 「かしだ」候補が地元の元小学校校長であり、 人物的にも「考えられる最高の候補」というだけが最大の武器である。 しかし、社会党系のはずの珠洲市職員組合が、林候補の支持を決定した。 市役所全体が「林候補」派という異常な事態になる。

4月8日告示3日前、反原発派「かしだ」候補派が「林組社員が不正転入した」として告発。 この社員は隣りの内浦町から、林候補の後援会事務所に住所移転していた。 後援会事務所には他にも何人か住んでいるらしい。「あんなとこ住めるわけなかろうが」という地元の声。 他にも300〜400人いそうとのこと。 グラフ1を見ていただきたい。過去3年間の珠洲市への転入者の推移を、市の公報から抜き出したものである。 91年11月のデータは手元にないのだが、ともかく90年度・91年度とも11月〜1月は転入者の少ない月である。 これはそれ以前の年度についても同様である。 ところが92年度だけ、11月〜1月の転入者が多くなっている。 しかも、例年異動などで転入者が多い10月をも上回っている。 そして、選挙人名簿へ記載される住居移転は1月15日までなのだ。 この調査で他にも新事実が見つかった。 「過疎だから原発が必要」というのが原発推進派のひとつの論拠なのだが、公報から見る限り、 20年前と今の珠洲市の人口を比較すると、200人ほど少なくなっているだけである。

翌日おかしなことが起き始めた。市の選挙管理委員会が、不正転入者を選挙人名簿から削除しているという。 告発を受けて警察は動き始めたばかりであり、「告発された当人」は別として、 普通では不正転入者を簡単に見つけることはできないはずなのだ。 市選管の前任の事務局長が林候補の選挙対策本部の幹部になっており、 その人物が鞄を抱えて当日市選管に入って行ったところを目撃される。 ある新聞の金沢支局のデスクの話しでは、珠洲市選挙管理委員会の'動きはおかしいそうだ。 山口県上関町の原発予定地の選挙でも、同じようなことがあったという。 一方、寺家地区からは「暴力団関係者が不正転入してきている。電力会社の関係らしい。」との情報も入る。

6月になって、検察はこの社員を起訴し、9月に有罪が確定した。

4月11日、告示当日。車で恋路温泉に入浴に行くが、途中不思議なことに気づいた。 かしだ候補の法定ポスターは、あちこち目立つところに張られたり立っているのだが、 林候補の法定ポスターは、所定の掲示板にしか張られていない。ポスターなど当てにできないと言うことか。

反原発派の家の窓ガラスが割られたり、猫の死体を投げ込まれたり、 無言電話や嫌がらせの手紙が来るなどといった行為が頻発し、原発推進派のあせりが見える。 私自身もワールドカップサッカーアジア1次予選、日本対バングラデシュ戦を深夜にテレビ観戦していて、 この無言電話を体験した。相手もテレビのサッカーの声援にびっくりしたかもしれない。

かしだ候補の集会は次々と中止に追い込まれる。会場を貸さないとか、 参加者を見張って次の集会に出ないように圧力をかけるとか、 かしだ候補の選挙カーのあとに車で付いてきて、手を振る人をチェックするなどの手口で、 取材の報道陣もあきれて、反原発派に「大変ですねー。頑張ってください」と声を掛ける人も出る。

現金ばらまきのうわさも絶えない。まとまった金額は500万円。区長クラスになると30万円が相場らしい。 選挙後に、反原発派の告発を元に、林候補派の元市議会議長が書類送検され、この噂が確認された。

4月18日選挙当日。ここから喜劇が始まる。すでに不在者投票の不正がささやかれていた。 立会人が林候補派しかいないとか、請求していない入院患者に投票用紙が送られてきたり、 老人ホームでは代理投票が行われたという。不在者投票は有権者の1割に達した。 ある新聞記者によれば「異常に多いね」ということになる。投票は記名式でなく、 ハンコを候補者の欄に押すようになっていた。確かにこれなら票の偽造がやりやすい。

投票結果は
	当9199	林幹人     無現
	 8241	樫田準一郎   無新
	(開票率99%)
と報道され、原発推進派の現市長が当選したと珠洲市選挙管理委員会は発表した。 「おかしい。ろくに準備もなく立候補した4年前の反原発票を上回って負けたのなら分かるが、 最高の候補者を立てて前回の反原発票を下回るなんて」という声あり。

しかし、両候補の得票の合計が投票総数より72票足りなかったため、 反原発派の傍聴人らが72票の内訳の説明を求めた。 4月19日の朝日新聞大阪版は、『県選管は「珠洲市選管が確定を宣言したところで本来は選挙は終了となる。 ところが、県選管への報告に無効票の内訳がないため、説明を求めたが、いまのところ回答がない。 確定したかどうかは判断できない」と話している。』と伝えた。

市選管は「残った無効票の点検を続けているが、有効票については変更がなく、林氏の当選は変わらない」と 説明したが、チェックの結果無効票が88票あることが分かった。これでは
	林候補の票 + かしだ候補の票 + 無効票 > 投票総数
ということになってしまう。つまり開票総数は、投票総数より16票多いのだ。 市選管は19日朝、前夜に発表した選挙の確定を撤回した。 この時点で、市選管は投票用紙を封印して金庫に保管するとともに、 翌日かしだ候補派と扱いを協議すると発表した。

ところが翌20日、かしだ候補派が開票場に行くと投票箱はなく、すでに開票チェックは始まっていた。 市選管は反原発派市民との話し合いを打ち切って点検を再開したうえ、 5票の理由不明の票を残したまま選挙の確定を改めて宣言した。 その後、投票用紙が林候補の長男の妻の実家で印刷され、 投票用紙印刷総数・残数・およびその存在の確認等が公表されていないことが分かった。

さらに、石川テレビが衝撃的な映像を流した。18日の無効票のチェックは、 かしだ候補派の立会人を締め出して市選管の職員だけで別室で行っていたことになっていた。 これだけでも選挙無効になるはずの重大な問題なのだが、 そのチェックに市選管とは関係ない税務課の職員K氏が係わっていたのだ。 当日の言い訳では、「県の選管の職員が立会いに来たということを証明するサインが抜けていたことが分かり、 書きにきた」と言うことだった。珠洲市では税務課の職員がそのようなことをするらしい。 ところが、石川テレビはこの職員が不在者投票の宣誓書と思われる書類を勘定したり、電卓を叩いたり、 白い紙の束をポケットにねじ込んだりしているところをニュースで放映してしまったのだ。 カメラマンが電柱によじ登ったりして写したという。

かしだ候補派は当然のごとく4月28日に市選管に異議を申し立てた。 「18日の開票の際、開票所以外の部屋で投票点検作業を行い、無効票の点検作業もせず、 開票録の作成もないまま点検作業を終了したのは、 公職選挙法第66条第3項・第70条・同法施行令第72条・第73条・第74条に違反している。 また、告示場所以外での立会人不在の点検であり、関係者以外の職員が入り込んで点検に関与したのは、 公職選挙法第63条・第64条・第66条・第67条・第69条・第74条等に違反する。」などという内容である。 5月28日市選管はこれを却下する。6月16日、かしだ候補派は石川県選管に選挙の無効の審査を申し立てた。

政府は6月29日、総合エネルギー対策推進閣僚会議を開き、珠洲 原子力発電所など六地点を、国が電源立地を優先的に進める要対策重要電源として新規指定した。 筋書き通りと言うわけだ。

しかし8月30日、石川県選管の投票用紙チェックで、珠洲市選管の発表の投票総数より16票少ないことが分かった。 この間に投票総数より16票多かったはずの票は、14票多いという風に市選管が訂正していた。 ところが県選管のチェックで、投票総数より2票少ないことが分かったのだ。 ここで珠洲市の投票総数の移り変わりを改めて眺めてみよう。最初は、
	林候補の票 + かしだ候補の票  = 投票総数 - 72
という状態で、県選管でさえ首をひねる状況だった。 次に無効票=88票と発表され
	林候補の票 + かしだ候補の票 + 無効票 = 投票総数 + 16
となり、原因不明の票5票を含みながら「選挙結果は確定」された。 ところが、そのあとに無効票は2票少なく、
	林候補の票 + かしだ候補の票 + 無効票 = 投票総数 + 14


であると訂正され、県選管の調査では

	林候補の票 + かしだ候補の票 + 無効票 = 投票総数 - 2

であることが分かった。珠洲市の投票用紙には羽が生えているらしい。



ここまで、珠洲市の市長選挙のでたらめぶりを紹介してきたが、
この実態は一部のマスコミが時々こまぎれに報道しているだけで、それも地方テレビや地方新聞が多い。
東京に住んでいて全国市や全国ネットのテレビを見ているだけでは
「反原発派が騒いでいる」といった印象しか得られない。
それではマスコミはこのことを知らないのだろうか?そうではない。
新聞社や通信社やテレビの記者と何回か話したが、皆、
珠洲でどのような「きたない」選挙が行われるか行われたかを知っており、
心情的には反原発派を応援する気持ちが強い。
しかし、そのような記事を送っても最終的に紙面に載らないことを知っているのだ。
もちろん具体的な証拠を並べ立てて、新聞社に駆け込めば記事にはなるだろう。
実際に私もある新聞社のデスクにそう言われた。
しかし、不正転入ひとつ取っても、その証拠を得るには、
弁護士の協力を得て何日もかけて証拠を揃えて行かなければならない。
つまり「普通の人々」にとってはそのような作業は不可能に近いのだ。
私には「UNTACをカンボジアへ送って選挙監視する前に、珠洲へ送って欲しい」という
1市民の声が忘れられないが、それよりも、
ジャーナリストが市長候補の昼食風景を取材するなどの表面的な取材しか行わず、
一人もこのニュースの宝庫に首を突っ込んでこなかったのが残念でならない。



P.S.
珠洲で聞いた言葉



「原発で地域振興に成功したところがあったら教えて欲しい」(僧侶)



「環境調査とかで原発不適格になったところがあったら教えて欲しい」(山口県の漁協長)



「温排水による養魚で成功した例があったら教えてほしい」(山口県の漁協長)



「原発不適格の場所は、東京の皇居の周りと大阪も梅田とか、要するに大都市で、田舎は日本中どこでも、
賛成派がいれば適格地になります。」(山口県の漁協長)



「あの選挙で勝ったと言えるのか」(石川県知事)
 自民党議員の原発推進要請に答えて。後に発言訂正。


後日談(1996年1月)

その後、石川県選管は「選挙有効」の結論を出し、かしだ候補派は裁判に訴えた。
この間に、フジテレビがこの不正選挙のドキュメンタリーを全国ネットで放送するなどして、
波紋は全国に広がり、1996年末、金沢高裁から選挙無効の判決が出た。


後日談(1996年5月31日月)

最高裁が選挙無効の判決。